
『エシカルハッキング』を意訳すると『善意のハッキング』が近いと思います。『善意のハッカー』を『ホワイトハッカー』と言いますが、その活動が『エシカルハッキング』だと考えてください。
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はじめに:エシカルハッキングとは
サイバーセキュリティの現場にいると、「脆弱性は見つかった。でも、そこから先をどう判断すればいいのか分からない」という相談を受けることが少なくありません。
実際、穴を見つけること自体よりも、その後にどこまで直すべきか、何を優先すべきかで悩むケース。実際には、こちらの相談のほうが多いです。
エシカルハッキングは、攻撃を見せつけるためのものではありません。
私たちがやっているのは、システムや事業を止めない前提で、「今の状態だと、どこが現実的に危ないのか」を一度落ち着いて確認する作業に近いものです。
普段は予防・診断側の立場でシステムを見ていますが、トラブルが起きてから慌てて対応するより、何も起きていないタイミングで立ち止まって確認しておくほうが、結果的に負担が小さく済むことが多い。
これは経験的に、はっきり言える実感です。
脆弱性を見つけ、直し、事業を前に進めるために|エシカルハッキングの目的
包括的なセキュリティの健康診断
エシカルハッキングを定期的に行うことは、感覚的には健康診断に近いものがあります。
年に一度だったり、大きなシステム変更のタイミングだったりで、「今の状態を一度きちんと見ておく」ための確認です。
画面上では特に問題がなく見えていても、構成や運用を追っていくと、「この作りだと、将来的にここが弱くなりやすいかもしれない」と感じるポイントが見つかることがあります。
そういった部分は、実際に何かが起きるまで気づかれないことも少なくありません。
設計から開発、運用までを含めた一連の流れ、いわゆるSDLC(ソフトウェア開発ライフサイクル)の中に診断を組み込んでいる企業では、設計段階で修正できるケースが多くなります。
継続的なコンプライアンス対応
規制や業界ガイドラインへの対応は、一度クリアしたら終わり、というものではありません。 システムや運用が少しずつ変わる以上、「今の状態でも大丈夫か」を定期的に見直していく必要があります。
ペネトレーションテストを継続的に行うことで、書類上のチェックだけでは見落としがちな「実際に攻撃が成立するかどうか」という実効性を確認できます。
現場では、こうした具体的なテスト結果があることで、監査やステークホルダーへの説明の場でも話がスムーズになる、という声を多くいただきます。
信頼と安心感の可視化
第三者の立場で診断を受け、その結果をきちんと文書として残しておくことは、あとから説明が必要になったときの拠り所になります。
社内向けだけでなく、取引先や経営層に状況を伝える場面でも、「一度、外の目で見てもらっている」という事実があるだけで、話が進めやすくなることがあります。
実際のところ、内容そのもの以上に、「きちんと確認するプロセスを踏んでいるかどうか」を見られている場面も少なくありません。
そういう意味では、診断結果を残しておくこと自体が、安心感につながっていると感じることがあります。
数字で考えたときの現実
実際に攻撃を受けた場合の復旧対応や、業務が止まってしまったときの影響を考えると、事前に診断を行っておくこと自体は、極めて負担が少ないと言えます。
もちろん、何かが「目に見える成果」として残るわけではありません。
ただ現場で見ていると、「結局、何も起きなかった」という状態そのものが、あとから振り返ったときに一番価値があったと感じられるケースは少なくありません。
派手さはありませんが、静かに効いてくる投資だと考えています。
エシカルハッカーは何をしているのか

実際の診断は、決まったチェックリストをなぞるというより、「この環境だったら、どこから触れそうか」を考えるところから始まります。
大まかな流れとしては、次のような進め方になります。
- 公開情報やシステム構成を手がかりに、攻撃の入口になりそうなポイントを洗い出す
- 見つかったポイントについて、実際に攻撃が成立するかを確認する
- 成立した場合、どこまで影響が広がるのか、再現条件とあわせて整理する
- 修正の選択肢と優先度をまとめ、関係者と共有する
ここで意識しているのは、「理論上は可能かどうか」ではありません。
現実の運用や権限、利用状況を踏まえたうえで、「本当に困る状態まで到達するのか」を見ることを重視しています。
レポートは“指摘書”ではなく“設計図”
修正まで見据えた詳細レポート
良い診断レポートは、脆弱性を並べて終わり、という形にはなりません。
なぜそれが問題になるのか、どんな条件で影響が出るのかを、経営層にも伝わる言葉で整理しつつ、実装を担当する人が「これなら動ける」と思えるところまで落とし込みます。
現場でよく話題になるのは、「この指摘を直すと、何がどう安全になるのか」がちゃんと見えているかどうかです。
修正作業そのものよりも、その判断材料が揃っているかが大事だと感じています。
アテステーション(確認書)
診断の範囲や結果を整理した確認書は、監査対応や取引先への説明などで使われることが多い資料です。
これ一枚で万全、というようなものではありませんが、「一度、第三者の立場で確認している」という事実を示す材料にはなります。
実際の現場では、この“確認されている状態かどうか”が問われる場面もあります。
そうしたときに、過度な説明をしなくても状況を伝えられる点は、地味ですが助かるところです。
修正後の確認と相談
修正して終わりにしてしまうと、「本当にこれでよかったのか」が分からないままになることがあります。
実際にもう一度確認してみることで、過剰な対応をしていなかったか、逆に見落としが残っていないかを整理できます。
診断が終わったあとも、気になった点を相談できる体制があると、現場としてはかなり助かります。
「次に同じ構成を作るとき、ここはどう考えればいいか」といった話ができるだけでも、安心感は違ってきます。
エシカルハッキングがカバーできる診断領域
エシカルハッキングは、特定の技術だけを切り取って行うものではありません。
実際の攻撃は、Webだけ、クラウドだけ、という形では進まないことがほとんどだからです。
現場で扱う対象としては、たとえば次のような領域があります。
- Webアプリケーション
- クラウド環境
- モバイルアプリ
- API
- ソーシャルエンジニアリング
- AWS環境
- ネットワーク
- 外部/内部からの侵入テスト
- AI関連システム
こうしてシステム全体を俯瞰して見ていくと、単体のテストだけでは見えてこなかったリスクが浮かび上がることがあります。
実際のところ、問題になるのは「それぞれの境目」であることが多い、というのが現場での実感です。
特に最近では、AI関連システム(AI pen testing)への対応も急務となっています。従来のシステムとは異なり、AI特有の「データの汚染(ポイズニング)」や、意図しない出力を引き出す「プロンプトインジェクション」など、新しいタイプのリスクへの対策が、2026年現在のセキュリティにおいて不可欠な視点となっています。
ペネトレーションテストの進め方
ペネトレーションテストにはいくつかの進め方がありますが、違いは「どこまで分かった状態でシステムを見るか」にあります。
これは優劣というより、目的に応じた使い分けです。
少し身近な例に置き換えてみます。
ブラックボックステスト
ブラックボックステストは、初めてその会社を訪れる外部の人間になりきるイメージです。
事前情報はほとんど持たず、インターネット越しに見える範囲だけを手がかりに、「ここから中に入れそうか」を探っていきます。
実際の攻撃者も、最初はこの状態から始まります。
外部公開しているWebやAPI、認証まわりの作りが、どこまで耐えられるかを確認するのに向いています。
グレーボックステスト
グレーボックステストは、社内の一部の情報を知っている前提で行います。
たとえば、一般ユーザーのアカウント情報や、システム構成の概要をもとに、「この立場だったら、どこまでできてしまうか」を見ていきます。
現場感覚としては、もっとも現実に近いケースが多い方法です。
コストと深さのバランスが取りやすく、実際の運用リスクを把握したいときによく選ばれます。
ホワイトボックステスト
ホワイトボックステストでは、設計資料や構成情報を含めて、システムの中身をしっかり確認します。
これは建物の図面を見ながら、構造的に弱い部分がないかを点検するようなものです。
一見すると安全そうでも、設計レベルで無理があると、将来的に問題になりやすい箇所が見えてきます。
大規模なシステムや、止まると影響が大きい基盤では、この方法が選ばれることが多い印象です。
運用の負担を減らす「統合プラットフォーム」という考え方
診断を受けて脆弱性を見つけること自体は重要ですが、実際の現場では、その後の管理や継続的な監視が負担になることも少なくありません。
「診断結果は手元にあるけれど、結局それをどう追い続ければいいのか分からない」という状態を、これまで何度も見てきました。
そうした状況を避けるために、最近では診断結果と日常的な監視をまとめて扱える統合型のセキュリティプラットフォームを活用する企業も増えています。
診断を単発のイベントで終わらせず、日々の運用の中でリスクを追いかけられる形にする、という考え方です。
複数の診断結果やモニタリング状況を一つの画面で確認できるようになると、「今、どこに注意を向けるべきか」が分かりやすくなります。
診断のときだけ真剣になり、その後は放置されてしまう、という状況も起きにくくなります。
また、経営層や監査対応向けの説明も整理しやすくなります。
技術的な背景を毎回ゼロから説明するのではなく、「今のリスク状況」を共通認識として持てる点は、現場としてかなり助かるところです。
すべてを人の手で追い続けるのは現実的ではありません。
自動化できる部分は仕組みに任せ、判断が必要なところだけを人が見る。この役割分担ができている環境のほうが、結果的に無理なく続いていると感じています。
なぜ今、確認しておくのか

多くの攻撃は、分かりやすい前兆がないまま進みます。
アラートが鳴るわけでもなく、画面が急に変わるわけでもない。気づいたときには、すでに内部に入り込まれていた、というケースも珍しくありません。
だからこそ、「今は特に問題が起きていない」という状態そのものに、一度目を向けてみる価値があります。
何かが起きてから原因を探すより、何も起きていないうちに構造や運用を確認しておくほうが、選択肢は多く残ります。
私たち CyberCrew では、攻撃者の視点を理解したうえで、あくまで予防・診断の立場からシステムを見ています。
派手な話や不安を煽る説明はできるだけ避け、現実的に「今の構成で、どこが気になるか」を一緒に整理していくことを大切にしています。
大きな投資や抜本的な対策を考える前に、まずは現状を静かに把握する。
その一歩があるかどうかで、いざ判断が必要になったときの選択肢や、対応にかかる時間と負担は大きく変わってきます。
問題が起きてから急いで動くのか、それとも、何が起き得るかを理解したうえで、落ち着いて判断できるのか。
この違いは、インシデント対応の質だけでなく、その後の事業判断や組織の余力にもはっきりと表れます。
だからこそ、「何も起きていない今」に確認しておくこと自体に意味があると、私たちは考えています。
自社のセキュリティに不安を感じたら

投稿者プロフィール

- イシャン ニム
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Offensive Security Engineer
15年以上の実績を持つ国際的なホワイトハッカーで、日本を拠点に活動しています。「レッドチーム」分野に精通し、脆弱性診断や模擬攻撃の設計を多数手がけてきました。現在はCyberCrewの主要メンバーとして、サイバー攻撃の対応やセキュリティ教育を通じ、企業の安全なIT環境構築を支援しています。
主な保有資格:
● Certified Red Team Specialist(CyberWarFare Labs / EC-Council)
● CEH Master(EC-Council)
● OffSec Penetration Tester(Offensive Security)
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