
現場でアプリケーション診断や設計レビューに関わっていると、「結局、どこまでやれば“十分”なんでしょうか?」と聞かれることがあります。
この質問は、とても真っ当です。セキュリティはチェックリストを埋めれば終わるものではなく、一度で完成するものでもありません。実際の現場では、優先順位をつけながら、少しずつ積み上げていくしかない、というのが正直なところです。
このロードマップは、そうした日々の判断を整理するために、私自身が診断やテストの現場で感じてきた感覚をベースにまとめたものです。
理想論ではなく、「今どこに立っていて、次に何を考えるべきか」を見失わないための道筋、そのくらいの距離感で捉えてもらえるとちょうどいいと思います。
「30%」「70%」といった数字も、何かを正確に測定した結果ではありません。
あくまで、組織としてのセキュリティの守備範囲が、いまどのあたりまで広がっているのかを俯瞰するための目安です。
現場では、この“だいたいの位置感”が共有できているかどうかで、次の一手の決めやすさが大きく変わってくると感じています。
TABLE OF CONTENTS
セキュリティカバレッジを段階的に高めるという考え方

多くの企業を見ていると、アプリケーション、インフラ、クラウド、そして運用が、それぞれの担当範囲の中ではきちんと最適化されています。
個々の対策だけを見れば、決して手を抜いているわけではありません。
ただ、気になるのは、それらが「点」として存在しているケースが多いことです。
アプリケーションは守れているけれど、運用の視点が抜けていたり、クラウドの設定は堅牢でも、インフラとの境目が曖昧だったり。
全体を一本の「線」として捉えたときに、どうしても隙間が生まれやすくなります。
攻撃者は、その隙間をとても冷静に見ています。
一番守りの薄い点を起点にして、設定ミスや権限の偏りを足がかりにしながら、横断的に侵入経路を組み立てていきます。
個々の対策が悪いというより、「つながっていない」こと自体が、結果として攻撃しやすい状態を作ってしまう印象です。
だからこそ、防御側も一気に完璧を目指すのではなく、段階ごとに土台を固めながら、守る範囲を少しずつ広げていく必要があります。
今どこまで守れていて、どこが次の検討ポイントなのか。
その認識を揃えること自体が、実務では大きな意味を持つと感じています。
ステップ1:セキュリティ基盤の構築(目安:30%)
最初に手を付けるべきなのは、よく目立つ最新の対策ではなく、やはり「土台」だと感じています。
診断の現場でも、思った以上に基本的な部分が整っていないまま、高度な対策だけが先行しているケースを目にすることがあります。
実務上、特に重視されるポイント
- 多要素認証(MFA)を含めた、現実的で破綻しにくい認証方式になっているか
- 定期的な脆弱性スキャンが行われ、資産の棚卸しが形だけで終わっていないか
- ログが「取っているだけ」ではなく、最低限でも後から追える状態になっているか
どれも派手さはありませんが、これらが欠けていると、後のステップでどれだけ対策を重ねても、どこか不安定さが残ります。
この段階で目指すべきなのは、「すべての攻撃を防ぐ」ことではありません。
むしろ、何かがおかしいときに、きちんと気づける状態を作ることです。
現場感覚としては、その差が後々かなり効いてくると感じています。
ステップ2:アプリケーション&インフラの強化(目安:50%)
基盤がある程度見えてきたら、次に固めていくのは、開発や運用の中で日常的に触れている部分です。
普段の業務に溶け込みやすい分、気づかないうちに後回しにされがちな領域でもあります。
現場で特に差が出やすいポイント
- セキュアコーディングのルールが、ドキュメント上だけの存在になっていないか
- 通信や保存データの暗号化が、「例外」ではなく前提として扱われているか
- アクセス権限が、実際の業務内容に合わせて「必要最小限」に保たれているか
どれも一度は整えたつもりでも、開発が進んだり、担当者が変わったりする中で、少しずつズレが生じやすい部分です。
このあたりは、実際に事故が起きるまで表に出にくく、「特に問題はなさそう」という感覚のまま放置されがちです。
だからこそ、平常時に一度立ち止まって確認しておくかどうかで、後の影響の大きさが大きく変わってくると感じています。
だからこそ、平常時に見直しておく価値があります。
ステップ3:ペネトレーションテストと脅威モデリング(目安:70%)
ここで初めて、「攻撃者視点」を本格的に取り入れます。
とはいえ、いきなり派手な侵入シナリオを描くわけではありません。
これまで整えてきた前提が、実際にはどう見えているのかを確認する工程だと考えています。
なぜこの段階で実施するのか
- 基本的な対策が整っていない状態でテストを行っても、見えてくるのは分かりきった指摘ばかりになりがちです
- 実運用に近い構成で検証してこそ、現実的な侵入経路や、攻撃側の判断の癖が浮かび上がります
ペネトレーションテストは、単に脆弱性を洗い出す作業ではありません。
「この構成であれば、どこから手を付け、どう組み立てていくか」。
その思考の流れを整理し、防御側の視点に持ち帰るための材料だと考えています。
診断の現場でも、「問題点そのもの」よりも、「なぜそこが狙われやすいのか」が共有できたときの方が、次の改善がスムーズに進むことが多いと感じています。
ステップ4:クラウドセキュリティの最適化(目安:90%)
クラウド環境を見ていると、責任分界点を十分に理解しないまま運用が続いているケースに出会うことがあります。
インフラ管理の負担が減る一方で、「どこまでがクラウド事業者の責任で、どこからが自社の責任なのか」が曖昧になりやすい印象です。
この段階で特に注意しておきたい観点
- IAMやストレージの公開範囲など、クラウド固有の設定が意図どおりになっているか
- APIの認証・認可設計が、実際の利用実態に見合ったものになっているか
- WAFやDDoS対策が、導入しただけで満足してしまっていないか
クラウドは柔軟で便利な反面、設定一つで守りの強度が大きく変わります。
診断の現場でも、「個々の対策は入っているが、想定どおりに機能していない」という状態を見かけることがあります。
「クラウドだから安全」という前提が、結果として確認の手を緩めてしまうこともあります。
だからこそ、この段階では、仕組みとして本当に守れているかを一度立ち止まって確認することが大切だと感じています。
ステップ5:ネットワーク&エンドポイントの保護(目安:95%)
アプリケーション単体を見れば、しっかり守れているように見えても、端末やネットワークが思わぬ弱点になることがあります。
診断やインシデント対応の現場では、「入口は想定どおり塞がれていたが、その後の動きが見えていなかった」というケースに出会うことがあります。
実務で見落とされがちな点
- エンドポイントの挙動監視が、実際の運用の中で有効に機能しているか
- ネットワーク内部での不審な横移動を、兆候の段階で検知できるか
- 監視や検知の仕組みが、「導入しただけ」で止まっていないか
侵入を完全に防ぐことは難しくても、侵入後の動きをどこで止められるかによって、被害の広がりは大きく変わります。
この段階の焦点は、まさにそこにあります。
ステップ6:継続的な管理とコンプライアンス(目安:100%)
最後のステップは、ツールや技術そのものよりも、運用に近い領域になります。
ここまで対策を積み上げてきたとしても、日々の変化に追いつけなければ、その効果は少しずつ薄れていきます。
継続性を支える要素
- 定期的なセキュリティレビューや監査が、形だけで終わっていないか
- ゼロトラストの考え方が、設計や運用の前提として共有されているか
- インシデント対応フローが、いざというときに本当に機能する状態か
この段階で問われるのは、「対策を入れているか」ではなく、続けられる形になっているかだと感じています。
セキュリティは、一度整えたら終わりではありません。
環境や使い方が変わるたびに、少しずつズレが生まれ、それを放置すれば弱点になります。
変化に合わせて見直し、更新し続けること。
その姿勢そのものが、最終的な防御力につながると考えています。
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まとめ:何も起きていない今だからこそ
インシデント対応の現場に立っていると、「もう少し早く確認できていれば」と感じる瞬間に出会うことがあります。ただ、その重要性は、何も起きていない平常時には伝わりにくいのも事実です。
このロードマップは、完璧な状態を目指すためのものではありません。
自社はいま、どの段階に立っているのか。
どこまで守れていて、次に考えるべき点はどこなのか。
それを一度、落ち着いて整理するための道標だと考えています。
予防と診断の立場から見ていると、本当に価値があるのは、問題が起きてから慌てて手を打つことではなく、何も起きていない今の状態で、静かに見直す時間を持てるかどうかです。
この一歩が、結果として、最も現実的で、無理のないセキュリティにつながっていく。
現場に立つ人間として、そう感じています。

投稿者プロフィール

- イシャン ニム
-
Offensive Security Engineer
15年以上の実績を持つ国際的なホワイトハッカーで、日本を拠点に活動しています。「レッドチーム」分野に精通し、脆弱性診断や模擬攻撃の設計を多数手がけてきました。現在はCyberCrewの主要メンバーとして、サイバー攻撃の対応やセキュリティ教育を通じ、企業の安全なIT環境構築を支援しています。
主な保有資格:
● Certified Red Team Specialist(CyberWarFare Labs / EC-Council)
● CEH Master(EC-Council)
● OffSec Penetration Tester(Offensive Security)
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