
Microsoftは、画面には表示されにくいUnicode文字をメール本文へ挿入し、フィッシング検知を回避しようとする大規模な攻撃キャンペーンについて報告しました。金融関連の単語を不可視文字で分断することで、一部のキーワード検知や解析処理をすり抜けようとする手法が確認されています。観測された平日のメール量は1日100万~237万通に達し、AIセキュリティ分野で知られる技術が従来型フィッシングへ転用された事例として注意が必要です。
The Hacker News:Phishing Campaign Sends Millions of Emails Using Invisible Unicode to Evade Filters
この記事のポイント
影響のあるシステム
- メール本文や件名をキーワード、文字列、正規表現などで解析してフィッシングを検知するメールセキュリティ環境
- 不可視Unicode文字を十分に正規化せずにメール内容を解析する仕組み
- メールを入力として利用するAIアシスタントやLLMを含むシステム
- 事業融資、信用枠、資金調達などを装ったフィッシングメールを受信する企業・利用者
推奨される対策
- メール件名や本文を検査する前に、Unicode Tagsブロック(U+E0000~U+E007F)などの不可視・非表示文字を除去または正規化する仕組みを検討してください。
- 通常のメールでは出現頻度が低いUnicode Tags文字を、異常を検知するためのシグナルとして活用することが推奨されています。
- キーワード検知だけに依存せず、送信元、IPアドレス、URL、ドメイン評価、認証情報、機械学習による判定など複数の要素を組み合わせてください。
- メール内容をAIシステムへ取り込む場合も、AIへの入力前に不可視文字を正規化する対策が推奨されています。
- 融資や資金調達を持ちかけるメールについて、表示上不自然な点がなくても、送信元やリンク先を確認して安易に情報を入力しないことが重要です。
上記の対策は、元記事の事実に基づき日本の読者向けに整理したものです。
この記事に出てくる専門用語
- Unicode:世界中のさまざまな文字や記号をコンピューター上で統一的に扱うための文字コード規格です。
- Unicode Tags:U+E0000からU+E007FまでのUnicode領域です。今回の攻撃では、この範囲に含まれる画面上では表示されにくい文字が悪用されています。
- ASCII Smuggling:不可視または表示されないUnicode文字を利用し、人間の画面には見えにくい情報をテキスト内へ埋め込む手法です。
- 難読化:文字列などを意図的に変形し、セキュリティ製品や解析処理から内容を認識されにくくする手法です。
- 正規化:異なる文字表現などを一定の形式へ変換し、解析や比較を正しく行えるようにする処理です。
- プロンプトインジェクション:AIが処理する文章などへ攻撃者の指示を紛れ込ませ、AIに意図しない動作をさせようとする攻撃手法です。
- LLM:Large Language Model(大規模言語モデル)の略で、大量のテキストデータをもとに文章の理解や生成を行うAIモデルです。
普通に読める単語の内部へ「見えない文字」を挿入
Microsoftが確認した今回の手法では、攻撃者はUnicode Tagsブロックに含まれる不可視文字を、フィッシングメールで頻繁に利用する金融関連の単語の途中へ挿入していました。例えば「funding」という単語の場合、「fun」と「ding」の間に画面上では表示されないU+E0020を挿入します。メールを読む利用者の画面では、こうした文字が通常表示されないため、見た目としてはそのまま「funding」と読める場合があります。一方、メールフィルターが文字列をそのまま比較して「funding」という連続した文字列を探している場合、内部データ上では別のコードポイントが途中に存在するため、一致しない可能性があります。
Microsoftによると、不可視文字や似た文字を挿入してキーワード検知を妨害する考え方自体は新しいものではありません。過去にもゼロ幅スペースやノーブレークスペース、ソフトハイフン、見た目が似た別文字などがスパムやフィッシングの難読化に利用されてきました。今回特徴的なのは、AIセキュリティの文脈でASCII Smugglingとして注目されてきたUnicode Tagsブロックが使われたことです。AI向けの攻撃研究で知られるようになった技術的特性が、従来型のメールフィルターを回避する目的へ転用された点が今回の事例の重要な特徴となっています。
平日は1日100万~237万通、週末には活動が大幅に減少

Microsoftのテレメトリでは、このUnicode文字を利用した活動が2026年2月9日ごろから急増し、その後およそ3カ月間にわたって高い水準で観測されました。特に平日の活動量が大きく、1日あたり100万通から237万通に達したとされています。最大のピークは2026年2月26日に確認されました。その一方で週末になると活動がほぼ停止し、月曜日になると再び大量送信が始まるという周期的なパターンも観測されています。高ボリュームでUnicode Tagsを利用する活動は2026年5月15日以降に急減し、その後は6月中旬まで比較的小規模な残存活動が確認されました。
Microsoftは、この活動を以前から確認されていた、米国中小企業庁(SBA)の融資申請者などを狙う広範なフィッシングキャンペーンと関連付けています。メールでは事業融資、信用枠、前払い型の資金調達などを装った誘い文句が使用され、数百の使い捨て金融関連ドメインが利用されていました。元記事では「guardiangrowthfunding[.]com」や「digitalcapitalboost[.]com」などのドメインが例として挙げられています。こうした大量送信の規模からも、不可視文字の利用は単なる実験的な手法ではなく、実際の大規模フィッシング活動へ組み込まれていたことが分かります。
正規サービスの配信基盤がフィルタリングを複雑化

今回のキャンペーンでは、メール配信やマーケティング自動化を提供するActiveCampaignの基盤が利用されていたと報告されています。対象メール内のリンクは、同サービスのクリックトラッキングに利用される「acemlnd[.]com」や「activehosted[.]com」を経由していました。Microsoftは、共有型のメール配信サービスが攻撃者に悪用された場合、正規サービスが持つIPアドレスの評価やメール認証などの特徴によって、悪意あるメールが一般的な不審メールよりも正規のマーケティングメールに近く見える可能性があり、送信元の評判だけに依存したフィルタリングが難しくなると説明しています。
一方、ActiveCampaignはMicrosoftの調査に対し、不可視Unicode文字を含むメールを自社のコンテンツモデレーションシステムでテストした結果、難読化されていない同等のメールと同じ判定になると説明しています。また、この技術が大量に使用されていること自体も「疑わしいシグナル」として扱うとしています。この点から、今回名前が挙げられている正規の配信サービスや共有インフラそのものを、単純に悪意あるものと判断することは適切ではありません。Microsoftも、観測された送信元ネットワークについて正規サービスが利用する共有領域であり、それ単体を侵害指標として扱うべきではないとしています。
メール対策の基本は「検知する前に正規化する」
Microsoftが示している防御の基本的な考え方は、「検知処理を行う前に文字列を正規化する」というものです。メールの件名や本文をキーワード、シグネチャ、正規表現などで評価する場合、その前段階でUnicode Tagsブロック(U+E0000~U+E007F)やその他のゼロ幅・不可視文字を除去または適切に正規化すれば、文字の途中へ見えないコードポイントを挿入することで単語を分断する今回の手法に対処しやすくなります。また、Unicode Tags文字は通常のメールでは利用される機会が限られているため、既知の正当な用途を除外したうえで、その存在自体を異常検知の材料として利用する方法も示されています。
ただし、メール防御を単一の文字列検知だけに依存させるべきではありません。Microsoft Defender for Office 365では、今回のキャンペーンで観測されたメールの99%超が、Unicode Tagsそのものの検知だけではなく、送信者、IPアドレス、URLやドメインの評価、機械学習によるスパム・フィッシング判定、ブランドなりすまし検知、認証チェックなど複数の防御レイヤーによってフラグ付けされたと報告されています。さらに、メールをAIアシスタントなどへ入力する組織では、同じ不可視文字がプロンプトインジェクションに利用される可能性も考慮し、AIへメール内容を渡す前にも同様の正規化処理を行うことが推奨されています。AI時代の新しい攻撃技術と従来型のメール攻撃を別々の問題として扱わず、両方を想定した多層的な防御が求められます。
参考文献・記事一覧
- The Hacker News
- Microsoft Security Blog:ASCII smuggling crosses over from AI prompt injection to phishing evasion
投稿者プロフィール

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